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青森日記~五日目~



生田目さんから電話が来た。

生田目さんとは、ワンマンの時にサポートでピアノを弾いてくれた女性だ。

退屈極まりないこの田舎での年末生活を少しでも明るく過ごしたく、

嬉々として電話に出たのだが、電波が悪い為何度も切れる始末であった。

 

回線が安定した所で一時間ほど電話をする。

僕らは本当に仲が良い。

他愛の無い話ばかりだったが、たくさん笑った。

 

生田目さんのお腹の中に赤ちゃんがいる。

生まれるのは4ヶ月後らしい。

想像しただけで嬉しくてたまらなくなった。

元気に生まれて欲しい。

 

妊婦さんというのは時間があるようで、そのうえ無茶なことが出来ないらしく、

読書と編み物にはまっているらしい。

 

編み物やってみればいいよということになったので、

暇だし、編み物やってみようかと思った。

 

マフラーを作ればいいよとのこと。

マフラー欲しかったし、出来れば誰かに編んでもらいたかったけどとか考えつつ、

わかったーとか、返事をして電話を切った。

 

 

ちょうど都合良く、南と遊ぶことになっていた。

南っていうのは地元の友人だ。

 

詳しくはこのブログの一番最初のページ、北海道でライブを行った際のページをご参照あれ。

 

かぎ針とか、糸とか買って地味な男になるかなあとか考えていた。

 

南が家に来たのが夜の9時。

今年の夏以来の南であったけど、風邪をひいていて体調が優れないらしい。

咳がひどかった。それでもわざわざ仕事終わりに来てくれた。

 

弘前に新しくドンキホーテが出来たとかで行くことになった。

 

今思えばドンキホーテに編み物セットはあったのではないかと思うが、

ちゃんと探し出せなかった。

 

結局、お酒を買った。

 

山崎。

IMG_3308

貧乏なフリーター時代、いつか山崎をボトルで買ってやると思っていた。

この時ばかりは社会人になってよかったと思った。

 

呑みながらこれを書いている。

 

美味い。

 

お酒は美味い。

 

 

とまあ、そんなわけだ。

今日という日は。

 

 

 

それと、がっつりピアノを弾いた。

 

曲作りを始めた。

 

曲を書くということは本当にエネルギーが必要だ。

歌詞を書くということも同様にすさまじくエネルギーが必要だ。

 

僕は割と曲作りが早い方だと思っていたのだけども、

社会人になってから作った曲の数は2曲だけ。

つまり、2015年4月から12月というこの期間、色々な想いをインプットしていたにも関わらず、

たった2曲しか書いていない。

 

今日、新しく一曲出来た。

歌詞もメロディも出来ている。

後はアレンジを詰めて、演奏力がついてくればいい。

 

社会人をやりながらだと、作曲するほどまで集中力が高められないということがわかった。

本来ブログだってこんな風に時間さえあればすぐに書けるというのに、一週間に一回しか書けないほどになっている。

 

久しぶりに作曲をしていて思い出した感覚がある。

はじめは無から何も生み出すことが出来なくて、やっぱり社会人になって創造力なんてものは皆無になってしまったんだと落ち込んだ。

でも、諦めきれずにずっとピアノを触っていたら、少し良いフレーズが思いついた。

それを何十回も繰り返し繰り返し弾き続けると、つながりが見えてきた。

ああ、作曲ってこうやってたなあと思い出した。

そうやって少しずつフレーズが長くなっていって、一塊が出来て、

今度はその一塊を延々と弾きつづけると、またつながりが見えた。

まだ僕は作曲できるじゃん!!とか思った。

 

作詞にしても同じことだった。

言いたいことしか言わない伝える為の言葉になっていないただの言葉しか書けず、

だめだこれ。とか絶望していたのだけど、何度も書いていたら、

ああ、これだ、これ。

この言葉を一番最初に持ってくればいいんだ。

後は全部消して、始まりはこっから進めていけばいいんだ。

とか、思い出した。

なんだ、まだ作詞も出来るじゃん。

 

これはすごいことだった。

僕はまだ音楽が出来るなあと思った。

でも、余裕がなきゃ何も作れないと思った。

どうせ不器用だ。

僕くらい不器用なら、堂々と不器用と言ってもいい。

 

 

24歳が夢を諦める人が多い年齢だという。

そういえば、僕は24歳になって社会人になった。

そして、25歳になっている。

 

夢を諦めるってどういうことなんだろうって思った。

音楽においてでしか僕は話せないけど。

 

例えば、売れるのを諦めるっていうこと。

音楽をやめるということ。

ミュージシャンになれないということ。

 

このくらいなのかなあ。

後は思いつかないね。

 

売れるのを決めるのは、

宣伝力だったりコンセプトだったり運だったり洞察力だったり時代性だったりか。

真剣にエゴを殺すべきだよ、そんなもの。

エゴがあるなら。

 

音楽をやめるということだけども、音楽は僕はやめれないと思うんだ。

好きであるならば。音楽を好きであるならば。

人間でいる以上、音楽が必要であると思う。

だから、よくギターを弾くのをやめた人の話を聞いたりするけど、

それはきっとそこまで好きじゃなかったんだろうなあと思うよ。

音楽を誤解していたのさ。きっと。

そういう人は、音楽から離れた所で見て聞いているのが一番良いのさ。

その方がずっと音楽を好きでいられる。

 

ミュージシャンになれなかったとかほざくやつは、

どうせダメなやつだからダメだろう。

ミュージシャンになるのなんか一番簡単じゃないか。

舞台に立てばいいだけだ。

ただそれだけじゃないか。

そこから学べばいいだけじゃないか。

こんな簡単なんだから。

 

じゃあ、自分はどうなんだと問われれば、

よし来たとばかりに社会人だと答えよう。

来年のスケジュールがわからず、せっかく出たいライブの出演を断ってしまった。

そういったことが難しくなってきたなあと思うくらいだが、断るという決断を下したのは僕だ。

 

会社の忘年会で歌うことになった話をさらっとする。

3曲ほど歌ってほしいということ。

2曲はみんなが知っている曲。

1曲はオリジナルでいいよとのこと。

 

僕の選曲チョイス

・あわてんぼうのサンタクロース(童謡)

・世界の約束(ジブリ・ハウル)

・ウイスキー(オリジナル)

 

こんな感じ。

 

生音でやろうと思っていたのだけど、忘年会であり、

やはり騒々しく音がかき消され、ギターの響きなど聞こえない為

カラオケ用のマイクで音を拾った。

これはもっと早く気付くべきであった。

経験不足であった。

 

あわてんぼうのサンタクロースは、響きやどこを聞けばいいのか、もろもろ手探りであった。

世界の約束は音にどうやってのめりこもうかと、集中するものの難しい。

 

最後にウイスキーをやる時に、あんたらが望んでいるのはこういう歌だろうと思った。

手拍子が小さく起きた。

「どうせ手拍子をするならちゃんと手拍子をしろ」と、

手拍子をあおり、手拍子を大きくさせた。

やはり自分の曲が一番良いライブが出来る。

この時は確かに忘年会の空気を僕のライブのものに出来た。

僕が音を小さくすると静寂が感じられたからだ。

それだけ音を聞いてくれていた。

僕はミュージシャンなんだと再認識した。

 

社長が手拍子をしていてなんだか可愛らしかった。

専務に別人のようだったと言われた。

 

あまりかかわりのない所の部長に、

君のことは好きじゃなかったけど、

「ウイスキーを聞いてホロッっとしてしまった。」

と言われた。

ありがとう!と叫び抱きついてやった。

 

その後、会社で泥酔した。

 

いい話だけして、あとは割愛する。

会社でライブなんかしてミュージシャンスイッチをONにするもんじゃない。

酒の飲み方が変わる。

 

だから、僕はミュージシャンなんだなあと思った。

 

だから、僕の場合夢を諦めるどころか、

夢を叶え続けているのではないのかと思うのだよ。

 

僕の音楽活動っていうのは全く無計画で、

いつも不思議なんだけど、面白い感じで上手く活動できているから。

本当はね、考えているようで何も考えていないのさ。

 

音楽についてしか考えていない。

活動の仕方なんか実は考えられないのさ。

もう仕方が無い。

僕にはそういった才能は本当にないんだから。

明るく笑うしかないな。

 

人に巡り合う才能はある。これ追加で。

 

よし、寝ますか。

もう朝で年末だ。

 

今年の全てはまた明日。